2007年
06月
09日
(土)
23:22 |
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第六夜 夕日
――夾―――夾くん――夾く―――
誰かが名前を呼んでる。俺の名前を誰かが呼んでる。誰だろう?俺の名前を呼んでるのは―――
「夾くんっ起きてってばっ!夾くんっ!?」
「師匠・・・・?ですか?」
五月蝿い声が俺の耳を突く。目を開けると俺の視界にはさっきまでとはあまり変わらない車内が見えるだけだった。まだ着いてないのかな?それとも俺の眠りが浅かっただけかな―――まだ俺がぼんやりしていると、師匠は少し怒ったように続けた。
「夾くん遅いっもう麗花ちゃんしか寝てないよっ!」
「しか・・・って、師匠だって寝てたくせに」
俺が誰にも聞こえないように――というか絶対に聞こえないように――言った言葉を師匠は聞き逃さなかった。
「何か言った?夾くん?」
師匠の眼が据わってる―――俺は背筋を伸ばして明るい声で言った――なるべく明るい声で。
「なんですかっ師匠っ?」
「・・・・まぁいいけどさぁ」
「どうかしたんですか?秋様、夾さま」
「あっいいえ何にもないです、八重さん」
「そうですか、ならいいのですが」
忘れてた。そういえばこの車は俺たちだけではなかったことを。八重――この女性の運転手がいたことを。八重が優しく話しかけてきたので、俺は慌てて話し方を変えた。少し不自然だっただろうか?俺はなんとなく不安な気持ちに駆られたが、師匠に話を促すことにして話しを進めた。
「で、どうしたんですか?師匠」
「もうすぐ着くから、れーかちゃんも起こしたげてよ」
「・・・・師匠が起こしたほうが良いんじゃないですか?」
「もう夾くん起こすので精一杯だよっ!疲れちゃって僕が寝たいねっ!」
俺が少し皮肉めいた返事を返すと、師匠は怒ったように顔を背けてそっぽを向いた。どう考えたって子供だ。俺は麗花のほうに向き直って、大きく伸びた。まぁ、別にいいんだけどさ。俺は麗花の肩に手をかけると、あまり力を込めないように――なるべく優しく揺さぶった。
「麗花さん、起きて下さい。もう着きますよ。麗花さん――」
「・・・・・・ん」
「麗花さん?」
「あっ夾さんっおはようございます!すいません―――」
麗花は慌てて坐りなおすと、俺に向かって頭を下げた。
「いえ、別に大丈夫ですよ」
俺は笑顔をつくって返事を返すと坐りなおして窓の外を見た。窓の外には俺が見慣れた風景――高いビルやコンクリートは殆どなく、ただ海が広がるだけだった――もうこんなところまで来たんだ。それにしても何でこんなに薄暗いんだ?俺は自分の時計を見て驚いた。時刻は五時三十七分だった。さっきからゆうに三時間――いや、もう四時間も経ってる。俺はそんなに寝てたのか・・・?窓の外は夕焼けが光る海に澄んでいて、空の色は紅く染まっていた――綺麗だな。俺は頬杖をつきながら顔が緩んでいることに気が付いた。突然、俺の目にはやけに大きな――城じゃない――なんて言ったらいいんだ?家?じゃなくって、えっと―――その時、ゆっくりと車が止まった。八重はさっきとは打って変わった口調で言った――俺には少し棘のある言い方に聞こえたのは気のせいだろうか・・・・?
「着きましたよ、お嬢様、お連れ様。此処が――」
八重は外していたはずのサングラスをかけなおしていた。
「此処が清四郎様の――」
「邸宅―――ですか」
師匠はなんでか笑って言った。俺にはその理由なんて分からなかった――多分誰にも分からないところで――誰にだって分からない世界で師匠は笑っているんだろうなと思って、俺はそれ以上考えるのを止めることにした。
「夾くん、麗花ちゃんっ降りよう」
「えっ?あっはい、師匠」
師匠は唐突にそう言うと、今止まったばかりの車からいきなりドアを開けて――降りた。言うのが早かったのか、降りるのが早かったのか――俺には分からなかった。師匠・・・・・?麗花が車から降りた後、俺は自分の荷物と師匠の荷物を持って車から降りることにして、勢いよくドアを開けて車から降りた――
「凄い―――」
凄い。俺の口から自分でも気が付かないくらいにポロリと本音が口を突いた。それしか今の俺には言葉なんか見つからない――いや、わからない。どう凄いって聞かれたって俺にはよく分からない。ただ、今の俺に言えることは、ただ此処は馬鹿でかいってだけだ。俺達が行き着いた――まぁ、正確には連れてこられた此処は、多分――島だ。俺達が今来た道が唯一本州とこの島を繋いでいる一本道。どこかの鉄橋のように太く長い道だ。長さは多分一キロかその前後、島の大きさは大体この邸宅が納まる――どこかのテーマパーク一個分といったところだろうか?俺は辺り一面を海に囲まれたこの馬鹿でかい島に行き着いて――連れてこられてしまった。あぁあ、この依頼はどうなるんだ?驚いて立ち尽くしている麗花を横目で見ながら、俺は少し・・・・いや多分深くため息をついて地面に荷物を降ろした。師匠はなんだか満足げに笑って道の向こうをじっと見つめていた。面倒なことだけにはならなきゃいいけど・・・俺は心配になって師匠に声をかけようとした時、何処からか静かな――いや、厳しいような恐いような圧迫感のある声が耳に響いた。
「ようこそ、麗花さん―――だったかしら?」
俺が振り返るとそこには綺麗な和服姿に身を包んだ――何人かの使用人に囲まれたご婦人が目に入った。そこに居るだけ――いるだけなのに・・・俺にはなんだか背筋がこうりつくような悪寒が肌を伝って鳥肌がたった。そんな俺の目の前に八重がサッと音も無く出てきた。八重さん?俺はサングラスで顔の表情が読み取れない八重の顔を覗きこんだ。八重は俺に大丈夫だと目配せすると少し声を落としながら頭を下げた。
「遅くなって申し訳ありません、雅様」
「・・・・五時四十分、まぁまぁと言ったところかしら?まぁいいわ、あなたは今晩の夕食まで下がっなさいな」
「はい――有難うございます。では、失礼します」
八重はそう言うとまた車に乗り込み、何処かへと車を走らせて行ってしまった。俺は真正面に居る――蓮川 雅――に酷く困惑していて、声が出なかった。口が言うことをきかない――何か話さないと――俺が言い出そうとしたその時、師匠の声が真っ直ぐに響いた。
「初めまして、藤沢 秋といいます。こっちは僕の助手の新堂 夾です。宜しくお願いします、雅さん」
「いいえ、こちらこそ。それにしてもどうして――こちらに?」
雅は怪訝そうな顔つきで訊ねてきた。どう言おう?俺は焦って心臓の音がバクバクと大きく音をたてていた。師匠が言ってたあの言葉が頭の隅にちらついて、うまい言葉が見つからない。師匠は言っていた、仕事のことは絶対死守だと――トップシークレットなのにどう説明しろって言うんだ?俺は心配になって益々心臓が大きく脈を打ち出した――そんな俺をまるであざ笑うように師匠は呆気らかんと言った――「どうしたの?」とでも言うように。
「僕は麗花のマネージャーですから当然ですよ。仕事に支障があっては困りますから、麗花は今が一番大事な時期ですからね」
「―――っ?」
「えっ?師匠何言って―――?」
俺の言葉を遮って――と言うか掻き消すように師匠は言葉を続けた。
「そうだよな、麗花」
師匠はそう言って俺と麗花に微笑みかけた、というか満面の笑みで雅には見えないように俺たちに目配せしていた――と思うけど、詳しいことまで俺には分からなかったが、麗花はすぐに状況が飲み込めたようで、すぐに返事を返した。
「はい、藤沢さん」
「そう―――ですか。ではこちらへどうぞ皆さん。私は雅、蓮川 雅と申しますわ」
雅は納得したように微笑んでゆっくりと歩き出した。俺たちも後に続いて歩き出した。
「初めまして、雅――さん、蓮川 麗花です。これから宜しくお願いします」
麗花はたどたどしくもしかっりと雅に向かって挨拶をしたが、それは次の雅の言葉で分からないものとなった。
「麗花さん、此処では大人しくしてなさいな――皆が――皆あなたのことを受け入れられるような状態じゃないのよ」
「?それってどういう――――?」
麗花が声を出したが、聞こえなかったのか、それとも聞かなかったのか雅がその言葉に反応することはなく歩き続けていた。?受け入れられるような状態じゃない?どうしてだ?俺は荷物を持ち直しながら歩き続けた。麗花がこの蓮川家と交流が全く今まで無かったから?勘太郎の実の娘だから?俺の中で疑問が飛び交う中、俺たちはこの家――といっていいのだろうか?――の入り口に着いた。
「どうぞ」
「お邪魔しますっ」
「おじゃまします・・・」
師匠と麗花が中へ入ったのを見届けたあと、俺は何故か嫌な予感がして、一人後ろを振り返った――その時、後ろから師匠の声がした
「何してるの夾くんっ?早くしなさいっ」
「あっはい師匠――――」
俺は向き直って師匠のあとに続いた
空の色は紅く滲んで、海に落ちた―――――
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